宮本百合子の作品

 人間が椅子の上でちょいと体を動かしても、三四間先の地べたにいるその犬はすぐ反応して神経を亢て、緊張した。犬はやがてその辺を、さっきあっちから出て来たとおりの人間を意識した態度で少時歩いたが、元のところへ戻って来て再び腰をおろした。
 暑い暮れ方の静かな庭の中で、その若くない犬の姿は心を惹きつけるものをもっていた。全身に力闘の疲労のあとが感じられ、人間一般を明らかに敵と感じている。
 現在おかれている有様は受け身の警戒の形なのだが、その犬の心としては主張するところをもっていて、犬の身になってみれば何となしそれが尤もでありそうな、そういう表情が、毛のささくれた穢れた体に漲っている。敵意に充ちているけれども卑屈な表情はちっともないのである。
 長いこと黙って甃のところからその犬と向いあって坐っている内に、芝居の景清を思い出した。自分から俺は悪七兵衛景清と名のって、髪を乱して、妻子にわざとむごい言葉を与えて、自らを敵意のうちに破る景清の姿と、その若くない荒繩をひきずった犬の姿とには、何か印象のなかで通じるものをもっている。
 おい、お前は景清のようだよ。知ってるかい。狂犬ではないのだ。何かやってひどくいじめられて、首輪のところからつながれていたのを必死に切って逃げて来ているので、ずるずる地面を引ずる荒繩の先は藁のようにそそけ立ってしまっているのであった。

 薄きたない白が、尾を垂れ、歩くにつれて首を揺り乍ら、裏のすきだらけの枸橘の生垣の穴を出入りした姿が今も遠い思い出の奥にかすんで見える。
 白、白と呼んでは居たが、深い愛情から飼われたのではなかった。父の洋行留守、夜番がわりにと母が家で食事を与えて居たと云うに過ぎなかったのではなかろうか。その頃の千駄木林町と云えば、まことに寂しい都市の外廓であった。
 表通りと云っても、家よりは空地の方が多く、団子坂を登り切って右に曲り暫く行くと忽ち須藤の邸の杉林が、こんもり茂って蒼々として居た。間に小さく故工学博士渡辺 渡邸を挾んで、田端に降る小路越しは、すぐ又松平誰かの何万坪かある廃園になって居た。家の側もすぐ隣は相当な植木屋つづきの有様であった。裏は、人力車一台やっと通る細道が曲りくねって、真田男爵のこわい竹藪、藤堂伯爵の樫の木森が、昼間でも私に後を振返り振返りかけ出させた。
 袋地所で、表は狭く却って裏で間口の広い家であったから、勝ち気な母も不気味がったのは無理のない事だ。又実際、あの頃は近所によく泥棒が入った。私の知って居る丈でも二つ位の話がある。けれども、其等の事件のあったのは、白の居る頃だったろうか、或は死んでからのことであったろうか。

 人類の祖先たちは、彼らの原始的な生活のもとで、どんなふうに自分たちの発見と智慧とをもちいてきたのだろう。
 太古の人類の希望は、幸福に生きたいという単一の強烈な欲求であった。それらの人々は、自分たちに一本の棒の切れはしを研究させ、その先をとがらせ、手にもちいいように小型のものとし、さらにそれにめどをつけて、からだにかぶる皮と皮とをつぎ合わせるに便利な道具に発展させてゆくそのあくことない興味を、幸福に生きようとする人間の願いなどという言葉で表現することさえもしらなかった。しかし人間の幸福と、それに役立つ力こそ智慧であり知識である。そのたがいの関係をもっと自然に、したがって人間らしく扱ってきたのであった。
 人類の伝説には、天から火を盗んで人間生活にもたらしたプロメシウスの物語がある。山林の自然発火から学んで、めいめいの小舎の炉ばたにまでもちきたされるようになった火というもの、文明の源泉を人間が掌握したおどろきとよろこびを、プロメシウスの物語は力づよく語っている。
 私たちの生きている今日という時代には、できあいの智慧、販売されている知識、多量生産標準型の聰明さというふうなものがあんまり多い。人生的であり、生活的であるからこそ厳粛でもあり、美しく、またかがやかしい人間の智慧、知識が、それぞれの人の生きかたによって整理され、組合わされたものでなくて、模写されているだけの場合がすくなくない。教養のある女性が、とかく観念的であるといわれることは、どこに理由があるのだろう。女性は、みずみずしい智慧のいのちをとりもどし、それをわがものとしなければならない。